\はじめまして、フーミンです/

フーミンは絵と工作と人形劇が大好きです。夫と、2人の娘と4人で暮らしています。

経歴

あとりえロバ次郎代表 奥田文恵
アーティスト名は『フーミン』
1975年2月25日生まれ
石川県立工業高校デザイン科・大阪芸術大学映像学科卒業。
高校で演劇部に入り、演劇の魅力に取りつかれる。大学でも社会人になっても演劇が大好きでやり続ける。
25才の時に痙攣性発声障害という声の病気になり、演劇をあきらめる。そこからは声を使わないことを模索。
2017年、長女の反抗期をきっかけに人形作りを始める。人形劇団に入り、人形劇にハマる。
2020年6月、オーダーメイドでの『人形制作サービス』を始める。12月、20年患った声の病気が手術で治る。
2021年2月『絵画工作教室』を自宅にて始める。10月『あとりえロバ次郎』を開業。12月『人形劇団ロバ次郎』を旗揚げ。
2024年11月、浦安市はんぶん堂で絵画工作教室を始める。
現在『絵画工作教室』『人形劇団』『人形制作』の3つのサービスを行っている。

絵画工作教室について
千葉県浦安市・はんぶん堂の2階で行っている、幼児・小学生を対象とした教室です。はんぶん堂のマスター(店長)にお世話になりながら、フーミン個人で運営しております。
常識と価値観は変わるもの
昔、私が中学3年生だった時、デザイン科受験のために、デッサンを毎日描いて練習しました。美術の先生がスパルタだったので、1日に3枚描いた日もあります。おかげでデッサンの試験は合格し、無事に高校に入れました。
高校時代。授業でレタリングを習いました。レタリングとは、手書きで文字を明朝体やゴシック体できれいに書く技術のことです。POP広告クリエイターの勉強もしました。『にんじん1パック100円』みたいに、チラシやPOPをマジックで書く技術です。検定試験も受けて、レタリングとPOPの3級も取りました。
大学時代。私は映像学科だったのですが、映画を撮影する時は35ミリフィルムで撮影するのがかっこいいって言われてました。「名助監督はな、カチンコをぶらさずに鳴らすねん」とか言ってカチンコを練習してる先輩もいました。

時が流れてスマホの時代。アプリで写真は一瞬でデッサンに変換できます。そのデッサンに文字だって入れられます。いろんな書体の文字があるし、素敵なチラシやPOPは手軽に作れちゃうし、というか、もはや紙の宣伝でもなく、SNS使った方が早いです。映画みたいな動画も、スマホで撮影して編集しようと思えばできちゃいます。

そして現代は、絵や動画をAIが生成してくれる時代。チラシなんて一瞬で作ってくれます。このホームページのLPだって、私が考えるよりもはるかにいいものを作ってくれちゃいます。少し前までは「これからの時代はプログラミングが必要だ」なんて言われていたはずなのに、それももう怪しいです。
AIはどんどん進化してるし、常識も価値観もどんどん変化しています。明治維新でサムライがいなくなったように、時代は変わるんです。いったい何をやれば正解なのか、どんなルートをたどれば幸せに生きられるのか。
常識と価値観が変わっていくのだから、私も変化を恐れないで生きていきたいし、子供達にもそう教えたいのです。みんながやってるからと流されてやってること。やるのが普通だから疑問すら持っていないこと。
私はとても疑問なのです。現代は昔よりもずっといい環境になっているはずなのに、なぜまだ受験のための勉強をするのか。それが幸せになれる王道なんだろうか。
もし疑問を持っているなら、あなたの気持ちを大事にしてほしいです。もしあなたがみんなと違う道に行ってみたいのなら、不安だろうけど、行ってみてほしいし、行く勇気をあげたいです。
人と違うことをやるって、すごく怖いです。孤独だし。でも、流されて生きるより、自分の気持ちに正直に生きる方が、私はいいと思っています。
生きるのに必要な力
生きていればいろいろあります。ある日突然病気になって、やりたいことができなくなったりするかもしれません。
私は自分に「たくましく生きろ」と思っています。嫌なことがあっても、人生で挫折することがあっても、悲しみのどん底にいても、立ち上がろう。そして未来を切り開いて、「ワクワクするもの作ろう」って思ってます。そこで作ったのがこの『絵画工作教室』。
ワクワクする気持ちって、人生を楽しむために、私はとても必要だって思ってます。「好き」「やりたい」っていう気持ちってものづくりの原動力なんです。好きなことだからがんばれるし、やりたいことだから時間を忘れて何時間でもやり続けられる。これが「核」なんです。私はこの核をとても大切にしています。そしてこの核は「情熱」となり、情熱をもって取り組んだ先には、きっと「感動」があります。
それに「ハート」はAIにはありません。AIが20秒で描いた美しい絵と、「こんな絵が描きたいんだ!」と想いを込めて描いたヘタクソな絵。どちらの絵を見たいですか?作品に込めた想いがあるから、人はそれを見て感動するのではないですか?
人の心を動かすのは「情熱」です。情熱があるから、その人について行こうと思うし、その人を応援したいと思うのではないでしょうか。ワクワクするものを作り出そうという気持ちと、行動する力があれば、時代が変わったって、環境が変わったって、楽しんで生きていけると思うんです。
私は絵画工作教室で、ワクワクする子を育てたい。未来を切り開けるようなたくましい力を、子供の情熱を引き出したいと思っています。
「やる」と「やらされる」の違い
「絵を描く」と「絵を描かされる」では大きく違います。「白雪姫を描きたい!」と言ってノリノリで描いてる子と、「ライオンを描けって言われたから」と、しぶしぶ描いてる子。

上手いか下手かではないのです。「やる」のか「やらされる」のか。絵に限らず、仕事だってそうです。仕事をやる、仕事をやらされる。自発的にものごとを考えられるのか、思考停止しているのか。責任もって行動できるのか、他責志向なのか。その姿勢は見てる側にすごく伝わります。
まずは好きなものを「好き」と素直に言えること。好きだから「やりたい」につながるし、「やる」姿勢ができるのです。
やりたいことやっていいの?
「もしも世の中、自分のやりたいことをやる人だらけになったら、世の中崩壊してまうわ」「やりたいことやるっていうのは、例えばオレが人を殺したいって思ったら殺しちゃえってこと?」
と、ある日パパに言われました。これについて考えてみます。例えばこういうやりたいことがあったとします。
ずーっと寝てたい
ずーっとゲームしてたい
仕事したくない
タバコ吸いたい
酒飲みたい
かわいい女の子がいるから浮気したい
これってやりたいことだと思うけど、目の前の欲求を満たす行為です。楽なほう、気持ちいい方に流れたい欲望。これをやった先にステキな未来が見えていますか?人を傷つけたり、自分や家族が壊れたりしてませんか?
私が伝えたいのは、自分の目指す未来に向かって、やりたいことを選んでほしいってことです。楽な方に行くのと、楽しい方に行くのはぜんぜん違います。

発想力と個性を伸ばす
冷蔵庫を開けたら残りものの食材がいろいろ入っていました。あなたはどうしますか?
「これじゃあ料理ができないから新しいものを買い物に行こう」と思いますか?それとも「よし、これとこれを使って工夫して料理してみよう」と思いますか?
残り物の食材の料理って、発想力が必要だなってよく思います。賞味期限も切れちゃいますしね。
この冷蔵庫を自分だと思ってください。
自分の冷蔵庫には、自分の特技・才能・個性・経験・資格なんかが入っています。
「これじゃあやりたいことができないから新しい資格を取りに行こう」と思いますか?それとも「よし、この特技と経験を使って工夫して何かやってみよう」と思いますか?
賞味期限が書かれていないものにだって、期限はあります。だって人生の時間には限りがあるから。足りないものに目を向けているか、すでにあるものに目を向けているか。
何が言いたいかというと、私は子供達に自分を生かしてほしいって思うんです。
その子がすでに持っているものに目を向け、生かすことで、それがその子らしさになります。それに、自分を生かすって、自分を大事にすることだと思うんです。誰でもできることをやるよりも、自分だからできることをやった方がうれしいじゃないですか。自分を大事にしていないと、人も大事にできないです。
自己犠牲ではなく、自己中心的でもなく、自分を大事にして自分を生かす。自分をプロデュースするんです。
その子らしさは、その子の味であり、その子の好きなことであり、長い目で見れば、いつかそれが強みになるはずです。
私は人形制作をする時、予算が全然ないとか、納期まで時間がない、ってことがたまにあります。限られた材料と時間で、どう優先順位をつけて、何を省略するか、何を捨てるかって、すごく頭を使います。材料が足りないからムリ。時間が足りないからムリ。とは言えません。工夫します。
ないものに目を向けるのではなく、まずはすでにあるものに目を向ける。その子を観察し、対話しながら、その子らしさを伸ばしたいと思っています。

大切なのは行動力
アイデアが思い浮かんでも、口で言うだけで行動を起こさなければ、それはただの口だけ人間です。だから「想いを形にする」を実際にやってみることで、行動した実績ができます。
ものづくりにはなかなかの行動力が必要です。ゼロからものを生み出すのは、エネルギーを使います。
行動力のある人って、世の中にどのくらいいるんだろう?と気になったので調べてみると、ある記事にこう書いてありました。
行動に移して継続する人・5%
行動した人・・・・・・25%
行動しない人・・・・・70%
行動してる人は、きっと魅力的です。行動して継続してる人はもっと魅力的。だって少ないから。
この世はやったもん勝ち。やってみなきゃわかんない。だから、やりたいと思ったことをやりましょう。意志あるところに道は開ける。

失敗と成功を体験してほしい
ものづくりに失敗はつきもの。失敗するから気をつけることを覚えるし、工夫しようと考えます。また、自分のミスは作品に直結なので、自分で責任を取ることを経験できます。
また、ものづくりはやりたいことだけやっていればいいわけではなく、面倒くさいこともいっぱい出てきます。作品は完成させなければ世に出せないので、投げ出したらそこで終わりです。
だから作品づくりを通して、面倒くさいこともやってみてほしいんです。そして「やりとげた」という成功体験を味わってほしいです。小さな成功の積み重ねが、やがて自信につながります。
効率よく、いい思いが味わえたら、そりゃあ人生楽です。美味しいところだけつまみ食い。コスパ・タイパがいいものだけやり、無駄なことはやらない。でも無駄を考え始めたら、生きてること自体が無駄なんです。
私はいまだに失敗します。すっごい落ち込みます。もう二度とこんな失敗はしないぞ!と思いながら、また別の失敗をしたりして、バカだなあって思います。人には「失敗は経験だ」なんて言うくせに。本音は失敗したくないです。
でも挑戦してたら、ぜったい失敗するんです。挑戦してる人の通過点なんです。挑戦しない人は失敗すらしません。だから、無駄な時間が続いていても、いずれ成功すると信じてます。

1人の人間として接したい
私は自分のことを「フーミンです」って名乗ってます。自己紹介でこの名乗り方は非常識ですよね。絵画工作教室を始めるときに、こう名乗ろうと決めたんです。スーツだらけの堅苦しい場所でも、この姿勢で挑みます。たまに空気を読んで「奥田です」と名乗るときもありますけど。
フーミンっていう響きが私は好きです。空気が抜けてるみたいで、頼りなさそうで。
この教室を始めてから、私のことを「先生」と呼んでくれる人が、ありがたいことにできました。でも先生って魔法の言葉なんですよね。なんだかえらくなった気がして、いい気分になっちゃうんです。
その先生マジックにひっかからないように、初心を忘れないために、フーミンですって名乗ってます。相手がどんな人であろうと、子供であろうと、上下関係なく、1人の人間として接したい。
私は子供たちに、自分なりの先人の知恵を教えます。絵と工作は得意ですから。子供よりも先に生まれて、ちょっと知ってるだけ、ちょっと経験があるだけのことです。私はえらくはないのです。
誰かのお役に立てれば幸いです。
\ロバ次郎の/

人形制作について
オーダーメイドで人形をお作りします。
人形を作り始めたきっかけ
人形を作り始めたのは、長女の反抗期がきっかけです。小4だった長女が習い事のバレエをやめたいと言い出し、先生にやめると言いに行ったんです。その時に「やめた後に何したいの」と先生に聞かれて、長女が紙に書き出したんです。そこに書いたやりたいことの1つが「ママと絵本を作りたい」
そこで私は、絵本用のお話を作りました。しかしお話ができても、絵本にするって難しくて、ぜんぜん描けなかったんです。できない私に長女はイラつき、口を聞いてくれなくなりました。そこで、人形劇なら作れるかもと思い、人形を作り始めました。2016年のことです。

アメーバブログで日記をつけ始め、人形を作ってるところや、人形を使って自分で遊んでいるところを投稿しました。やり始めたら楽しくなっちゃって、毎晩くだらない投稿をしてました。でも人形劇用の人形の作り方はわからず、図書館でハンドパペットの作り方の本を借りてきて作りました。初めて作ったパペットはひどいものでした。

ある日、回覧板にチラシがはさんでありました。なんと、近所に人形劇団がやってくると書いてあります。見に行ってみると、可愛くて、手作り感あふれる人形がいっぱい出てきました。私はその人形劇団に入れていただき、人形の作り方を教わりました。
人形制作サービスをはじめる
自分で人形を作れるようになり、少し上手になってきた頃、知り合いがほしいと言ってくれたので作ってあげました。ドキドキしました。すると今度は別の知り合いが、またほしいと言ってくれて作ってあげました。そしてまた別の人がほしいと言ってくれて作って。

人形作りを商売にするつもりはなかったのですが、ブログの書き方を教わっていた流れで「人形をお作りします」というサービスの記事を、ある日書きました。ネットで公開した時は怖かったです。自分で自分のサービスを作る、という行為も怖いし、自分のサービスに自分で値段をつけるのも怖すぎました。それに、知らない人から連絡が来たらどうしようってソワソワしてました。
そしてついに「人形を作れますか?」と、知らない人から連絡が入ったのです。もう、怖くて怖くて・・・でも、必死で作りました。何度も失敗して、なんとか完成して。怖かったけど、ものすごいうれしかったです。ご依頼してくれた方は、とてもやさしい人でした。ずっと感謝してます。この最初の注文が1番怖いって思ってた時で、それ以降はだんだん慣れていきました。

とはいえ、注文が入るとドキドキしました。ほしいと言ってくれる人形のデザインは、みんなぜんぜん違うんです。どれもこれも作ったことないものばかりで「作れるかなあ・・・」と不安でいっぱい。でも作り始めると、不思議と夢中になってしまって。人形を作るのは楽しかったです。注文が入るとうれしくて、費用対効果なんてぜんぜん考えられなくて、とにかく夢中で作りました。大好きな図工の時間です。
しかし、やりたくないこともいっぱいありました。中でも困ったのは事務的なこと。書類作成なんて全くわかりません。請求書の書き方がわからなくて、近所で会社をやってるおじさんのところに突撃し、「請求書の書き方を教えてください!」と聞きにいったこともありました。お金のやり取りも、消費税のことも全くわからないし、商売をやるルールがさっぱりわかりません。
商売を始めたら、いろんな壁にぶち当たって、人を頼りに行きました。行ったことない場所。ご縁がなかった職種の人たち。自分の物の知らなさに悲しくなって、泣きながら帳簿をつけてました。確定申告ができず、税理士さんを頼ったり。学校では全く教えてくれないことだらけ。

このホームページとも格闘しました。最初はこんなに整ってなくて、やっとここまで整いました。最初はアメーバブログの延長で、ブログを書くためのサイトだったんです。使い方がわからず、ゴミのようなブログが山盛りで、グチャグチャでした。今でもおかしなところいっぱいあります。
ホームページにしたのは2021年のことです。このブログってホームページにできるんだ、ってことに気がついたんです。それで、お客様がどうやったら注文しやすいのかなあ?って考えながら、ちょこちょこ書き換えていきました。
人形の作り方は、どんどん工夫しました。例えばデザイン画をもらって作る時は、そのデザイン画を忠実に再現するために、ひたすら対比計算して寸法を出しました。私の独自のやり方です。

そして毎回失敗してました。何を作っても、最初から上手くは作れないんです。だから失敗する前提で作業に入りました。物理的なこと以外にも、お客様の要望を、私がちゃんと聞けてなくてやり直ししたり。書類の書き方がダメで受け取ってもらえず、書類の作り直しをしたり。
気がついたら、ものの見方も変わっていました。自分で仕事を生み出してる人のことをリスペクトするようになってたんです。
人形制作の転換期
ある日、電話がかかってきて、映画の完成披露試写会用の人形の注文が入りました。びっくりしました。人形を作って納品したら、後日、担当の方が私を完成披露試写会に招待してくれました。巨大なスクリーンに私の作った人形が映って、それを芸能人が持ってくれていて、夢みたいな光景でした。人形作りをやってよかったなって思いました。

人形制作に自信が持てたのは、型紙が作れるようになった時でした。外国人のパペット作りのインスタを何度も見てたら、たまに油粘土で作ったような人形の模型が写ってて。で、私は立体工作が得意だったので、発泡スチロールで模型を作ってみたんです。
それを紙でくるんで展開したら、型紙になりました。感動しました。型紙が作れるようになったら、なんでも作れるって思えました。この時初めて、自分の技術には価値があるって思えたんです。
人形の動きにも、どんどんこだわるようになりました。動く人形なので、口がスムーズにパクパクできるようにわざと隙間を入れたり、服の合わせるところを可動域を考えて、線で縫わずに点で止めたり。
からくりの研究もしました。おもちゃを分解したり、プラ板使って部品を作ってみたり。

人形を作っている時は、どんな人形を作ってても楽しいって思えます。ピノキオを作ってるゼペットじいさんみたいな気分です。
長女の反抗期をきっかけに、たまたま始めた人形作り。声を使わなくていい、1人で没頭できる時間。その人形作りが、まさかここまで続くとは思わなかったです。
人形は、時間をかけて制作したものですから、どの子にも思い入れがあります。出荷する時に「いってらっしゃい!元気でね~」って感じで送り出してます。でも、私の手を離れたら、それはもう持ち主様のものです。私のことは気にせず、好きにしてください。私の作った人形がほんのつかの間でも、誰かの役に立てているだけでほんとにうれしいのです。
人形にも賞味期限があります。永遠の命なんてないです。役目が終わった時が、その子の寿命です。その時が来たら、その子は捨ててください。捨てたらまた新しい命が生まれますから。この世はそうしてぐるぐるまわっていくんだと思います。
ぜひ、こんな私の作る人形がほしいと思ってくれた方は、ご依頼ください。お待ちしてます!
\パペットお作りします/

人形劇団について
千葉県市川市行徳を拠点に、小さく熱く活動中です。公演依頼うけたまわります。

人形劇の不思議な力
むかーしむかし、私は保育園に通っていました。当時のことはほぼ覚えてないけど、人形劇を見た記憶があります。お遊戯室に舞台セットが組んであって、キツネだったかタヌキだったかが人間に化ける人形劇を見ました。おぼろげですが、いまだに舞台の光景が頭の中にあります。
大人になって、近所の子育て支援センターで人形劇を見た時は、懐かしくて楽しくてほっこりして、ワクワクしました。部屋の中に舞台セットが組まれていて、そこが小さな人形劇場になっていたんです。
そしてついに、自分でも人形劇団を作ったので、舞台セットを組むようになりました。仕込みをする時は毎回ワクワクします。どこだって小さな劇場空間にしちゃいます。

人形劇場は、いつもと違う特別な空間です。そして、人形が動いてしゃべります。

私は昔、テレビで人形劇をよく見てました。プリンプリン物語とかヒゲヨサラバとか。ドリフの孫悟空は大好きでした。5人とも人形が本人にそっくり。「ニンニキニキニキ♪」って主題歌もずーっと覚えてます。動く人形って、すごく不思議でした。どうやって動いてるんだろう?って。
幼馴染の家にあったオルゴールは、ネジを巻くと人形の手が回って、まるで人形が音楽を奏でているように見えました。ロックンフラワーっていう花も面白かったです。音楽がかかると花が踊ってるように見えました。
人形が動くと、不思議な感覚になります。
動かない人形でも、なんだか生きてるように見えます。雛人形は、みんなこっちを見てるように感じて。

私はよく、ハンドパペットのロバ次郎を持ち歩いています。ロバ次郎でパクパクしながら話しかけると、たいていの人が笑顔になります。ロバ次郎と会話してくれたり、パクパクの口の中に手を入れてきたりもします。
それに、人形が喋りだすと、注目されます。たいしたこと喋ってないのに、パクパクしてるだけでかわいいって言ってもらえます。
また、人形を貸してあげると、その人が人形で喋ってくれたりもします。普段は無口な人なのに、人形を動かして喋ると、おしゃべりになったりする人もいます。まじめな人が、ちょっと面白いことを言ってくれたりもします。
動く人形には、人間から想像力やユーモアを引き出す、不思議な力があります。
人を巻き込みたい
私たちの作る人形劇は、参加型にこだわっています。人形劇は見ているだけじゃなくて、やる方が断然面白いんです。だからお客様を巻き込んで、いっしょに作り上げていきます。手遊びをしたり、いっしょに踊ってもらったり。クイズに答えてもらったり。

時には子供たちにお手伝いしてもらうこともあります。前説やインタビュー、風船配るお手伝い。

子供達に人形を作ってもらうこともあります。こんなかわいい人形、大人には作れません。子供達を巻き込んでいっしょに人形劇を作ると、私には思いつかない、新しい発想の作品ができるんです。

若者に声優を頼んだりもします。人形に命を吹き込んでくれる声優さんって、すばらしいです。声が良いと、人形の魅力もアップします。

いろんな人を巻き込んで、私達自身が楽しみながら作っています。人形劇は見る側も、やる側も、みんながワクワクするものであってほしいと思ってます。
ハートに届けたい
私は小さいころバービー人形で遊ぶのが好きでした。自分でお洋服作ってあげて、いっぱい着せ替えしてました。山盛りの服とバービーを手さげ袋につめこんで、幼馴染の家によく遊びに行ったものです。
幼馴染の家にもいろんな人形やぬいぐるみがあって、バービーも混ぜてもらって、会話して遊んでました。
脚本を書くようになってから気づいたのですが、人形遊びは想像力を鍛えるためのいい遊びだったなって思います。人形が会話をする。その会話する時って、人形のしゃべり言葉を自分でしゃべるので、つまり寸劇をやってる状態です。自分以外の人の気持ちを考えることができる遊びなんだってことに、大人になってから気づきました。
私は脚本を書く時、登場人物に実在の人物をあてはめて書きます。その人を思い浮かべながら書いてると、自然にその人の話す言葉が、その人の声で聞こえてきます。人と人とが出会うから会話が生まれるんです。

登場人物には生まれ育った背景や性格があります。そこを深堀っていけばいくほど、人物像ができて面白いです。だから考え方も違うし、出てくるセリフも違います。
人の気持ちを想像するってとても大事です。でも簡単じゃないのはわかってます。人の気持ちなんて、魔法使いじゃないからぜんぜんわかんない。でも、想像力はぜったい大事なんです。
例えば、ほんとは悲しいのに明るくふるまう人。愛してるからこそ厳しい人。まじめなのにふざける人。笑いながら怒る人。
とても優秀そうなのに感じが悪い人、人を見下した態度をとってくる人、何を言っても「でもさー」と逆張りしてくる人、話しかけても無視するような人。
頭のいい人、頭が良さそうに見える人、頭がいいふりをしている人、バカな人、バカっぽく見える人、バカなふりをしている人。短時間で見抜くのは難しいです。でも時間が経つと本性が見えてきます。
言葉じゃないんです。言葉だけ受け取るのならば、AIができます。でも私たちはAIじゃない。人はうそをつくし、言葉と心が裏腹だったりします。言葉ではいいこと言うくせに、行動がともなっていない人。うまいこと言ってきて気分を良くさせて、ものを買わせる人。不愛想だけど、自分のことを大事にしてくれている人。
言葉ではなく、瞬時に察知する「ハッ」となるもの。その感覚に目を向けてほしいんです。偏差値では表せない、大切な能力。
この大事な力って、例えば、安心させる力だったり、笑わせる力だったり、その人にまた会いたいと思わせる力、好きにさせる力。
私は人形劇を通して、見る人たちに言葉じゃない何かを受け取ってほしいんです。子供だけじゃなく、大人にも。
舞台セットを組むと、それだけでいつもとは違う空間になります。私が保育園の頃の人形劇の記憶を、ぼんやりと覚えていることができるのは、きっとその「大事な力」があったんじゃないかなと思います。
人形劇団ロバ次郎は、まだまだ小さく、未熟な人形劇団ですが、小さくても熱く活動しております。見てくれる人のハートに届くような人形劇をお届けできるよう、がんばって作りますので、ぜひいろんな場所に呼んでください。
また、私の考えや想いに共感してくれて、いっしょに人形劇をやりたいって人がいたならば、ぜひいっしょにやりましょう。劇団員募集中です。ご連絡ください。

\小さく熱く活動中/
ロバ次郎ってなに?
ロバ次郎は、私の作った人形です。

2016年。回覧板のちらしがきっかけで、私は人形劇団に入りました。そこの座長のすすめで、私はお話しを1つ作りました。登場人物が4人出てきて、元気のないお花に音楽を聞かせて元気にする、というお話です。
人形劇にするんだったら、人間より動物の方がいいかなと思い、鶏、猫、犬、ロバにしました。これがその絵コンテ。

ブレーメンの音楽隊の、その後のお話、という設定にしました。この時に、初登場したロバがこちらです。

この登場人物たちを人形にするために、私はモデルを探しました。
当時、私は座長の娘婿さんに打ち込み音楽を教わっていて、その人の名前が『よしじろう』さんと言いました。よしじろうさんは双子で、お兄ちゃんがいたんです。
だからその人の設定を、そのままロバにあてはめて、ロバ次郎にしました。

ロバ次郎を作るのは試行錯誤しました。何度も何度も、作ってやり直して、改良して。とにかく動きを研究しました。どうやったら動かしやすいかなあ?どうやったら生きてるように見えるかなあ?

動かしてみたら壊れるってことも、しょっちゅうありました。耳が折れてたり、首が落ちてたり。

人形作り以外にもいろいろなことに挑戦しました。舞台のデザインを考え、歌を作り、演出をつけ、音楽を編集し、SNS発信するなどなど。ともに作品を作ってくれる仲間とも出会えました。そして実際に、このロバ次郎を使って公演しました。
世の中がコロナになり、人形劇の活動ができなくなると、私はロバ次郎をハンドパペットに作り変えて、動画で人形劇を発信をしました。すると、ハンドパペットの制作依頼が入ってくるようになりました。

また、棒使い人形のロバ次郎を気に入ってもらえて、個展を開くこともできました。

人形劇団も作りました。

面白い友達もできました。

ロバ次郎は私の人生を豊かにしてくれる、たのもしい相棒です。

挫折の経験
最後に、私の人生の挫折の経験を書きます。
中3の冬、私は高校の推薦入試を受けました。その面接時、面接官だった先生がこんなことを言いました。
「君、高校に入ったら、演劇部に入りませんか?人数が足りなくてつぶれそうなんですよ」
根暗で薄いキャラだった私は、演劇なんていうキラキラした部活に誘われたことがうれしかった。
無事に高校に合格した私は、そのつぶれそうだった演劇部に入りました。それは運命の出会いでした。
内気な私は、人前で声を出すのが恥ずかしかったけど、そのうち演劇の魅力に取りつかれていきました。別人になりきるって面白いし、舞台という世界を作り上げるのが、とても楽しかった。歌もたくさん歌いました。
大学に行っても劇団サークルに入り、卒業後も社会人の劇団に入りました。女優さんになりたいって思ってました。いつだって演劇のことばかり考えてました。

ところが25才のある日。喋ると声がつまりました。痙攣性発声障害という声帯の病気を、わたしは突然発症してしまったんです。
そこからは地獄でした。喋りたいことがあっても言葉を飲み込むようになり、人と会うことも避け、歌わなくなりました。
昔できてたことができなくなって、それが受け入れられず泣いてばかりいました。大好きだった演劇を嫌いになりたくて、でも嫌いになれなくて、もがきました。
でもどれだけもがいても、壊れた声帯はもとには戻らず、長い年月をかけて、演劇をあきらめました。
喋りにくいっていう状態なので、生活はできてました。結婚して子供が生まれて、幸せなできごとはたくさんありました。ただ、心が晴れる日はありませんでした。
昔みたいに喋りたいなあ・・・
そこから何年も経ち、ある日わたしは人形劇を始めました。これがびっくり大発見。動く人形って面白い!
人形作ってる間は、声のことを忘れて集中できました。人形を作りたくて、自分の世界を作りたくて没頭しました。そしてロバ次郎が生まれました。
で、ひたすら人形劇をやってたら、いつしか医学が発達して、声の病気が手術で治っちゃいました。人生あきらめてたのに、私は20年ぶりに生き返りました。
この世は何が起こるかわからない。
生きていればいろいろあるし、誰でもみんな年をとります。だから今、いっしょにいてくれる人たちとの時間を、この奇跡のひとときを、大事に楽しみたいです。
ロバ次郎といっしょに。




















常識と価値観は変わるもの
生きるのに必要な力
「やる」と「やらされる」の違い
やりたいことやっていいの?
発想力と個性を伸ばす
大切なのは行動力
失敗と成功を体験してほしい
1人の人間として接したい