【本の紹介】希望はいつか現実になる!



まず前置きです。


障害者について、私は語ったことがありません。話題にするのはいけない気がするし、悪気ない言葉で傷つけてしまうんじゃないかと思います。障害者に対する知識もないし、接した経験もほぼないし、だからずっと目をそむけてきました。


でもね、障害の経験ならあります。私は25才の時に痙攣性発声障害をわずらって、話しづらい状態で地獄の20年を過ごしました。めちゃめちゃ辛かったです。この声は治らないと思って、自分の人生あきらめてました。でも、気がついたら医学が発達してて、3年前、手術で普通に声が出せるようになったんです。だから今は過去の出来事として、話せるようになりました。


でも、それは『過去の出来事』になったからです。


障害を抱えた人達の、出口の見えない現在の気持ちを想像したら、軽々しくその話題に触れることなんてできないです。


・・・と思ってたのですが、今日ご紹介する本『希望はいつか現実になる!』を読んで、もしかして、目を向けてもいいのかな?・・・というか、目をそむけないでって言ってるのかな?って思いました。


だから今日は、この本の著者、佐々木さんについて、思いきって書きます。本の引用も写真も載せちゃいます。佐々木さんに怒られたら、この投稿は削除しますけど。



まず佐々木さんのことを書きます。
佐々木さんに初めて会ったのは11年前。


私の娘と、佐々木さんの息子ちゃんが同級生で、小学1年生で同じクラスになったことで、顔を合わせるようになりました。


佐々木さんは身体障害者で、歩き方が不自由だったので、すぐに目に止まりました。でも1年間とくに接点はありませんでした。


娘が小学2年生になった時、クラスはそのまま持ち上がりました。


4月にPTAの委員会決めがありました。当時のPTAって、保護者全員が何かの仕事をやらなければならない、任意と掲げた強制の活動でした。なので、みんなが必ず何かの委員会に入る。これが平等で、いい方法なんだろなと思いました。


私は、楽そうなベルマーク委員会に入りました。ベルマーク委員はクラスから2人必要で、そのもう1人は佐々木さんでした。



佐々木さんといっしょにベルマーク委員になったことに、私は戸惑いました。だって佐々木さんは、どう見ても身体障害者だったから。この人も平等にPTA活動をしなきゃいけないの?平等ってなんだ?って思いました。


自分の委員が決まったら、今度は体育館で委員会ごとに集まって、委員長決めを行いました。ベルマーク委員長の立候補者はいなかったので、その場でくじ引きで決めることになりました。くじ引きの方法は、保護者の名前が書かれた紙を紙袋に入れて、その中から1枚をPTA会長さんが引くというやり方です。


あの紙袋の中に、佐々木さんの名前も入ってるのかな・・・
もし佐々木さんが当選したら、きっとくじを引き直すんだろうな・・・


当選したのは、私の近所に住んでるママ友でした。うぉーって叫んで、ひざから崩れ落ちてました。とにかく自分が当選しなくてホッとしました。


その後、私は佐々木さんに声をかけてみました。しかし会話が困難なこともわかり、どうしたらいいかわかりませんでした。すると佐々木さんが何か言いました。


「メール」


最初は伝えたいことがわからなかったけど、時間をかけてわかりました。佐々木さんはメールなら打てるということです。私達はメアド交換をして、その日は別れました。



いよいよベルマーク委員会の活動日がやってきました。クラスで回収したベルマークを、01番から90番くらいまで仕分けする作業を、全クラスの委員さん達が集まって、一気に行います。


ベルマークをつまむのは、指先を使います。佐々木さんはとても大変そうで、汗だくになってました。そのうちポロッと1枚床に落としました。佐々木さんはそれを拾おうとするけど、ぜんぜん拾えません。


私は拾ってあげた方がいいのか、手をかさない方がいいのか悩みました。拾ってあげたらうれしいのだろうか?それとも手を貸したら逆に傷つくかな?うーん、余計なお世話はやめておいた方がいいか・・・と思い、私は手をかさないことを選びました。で、佐々木さんの分までがんばろうと思って、黙々と作業をしました。


その委員会の1年間だけ接点があって、その後は疎遠になりました。



年月は流れ、娘は高校3年生になりました。


先日、自転車をこいでたら、偶然むこう側から、佐々木さんが自転車をゆっくりこいでやってきました。私は手をふって「佐々木さ~ん、佐々木○○くんのお母さ~ん」と声をかけました。すると佐々木さんが私の前で止まってくれて、


「こーんーにーちーわーげーんーきー」


と言ってくれました。私は「元気だよ」と答えました。すると佐々木さんの目から涙がポロッと落ちました。涙の理由を聞きたかったけど、会話が困難なのを知ってるから、聞きませんでした。で、「バイバーイ」って言って別れました。


その夜、佐々木さんと会った話を、私はインスタライブで喋りました。するとそれを見た友達が、佐々木さんがFacebookやってることを教えてくれました。


私はすぐにFacebookを開いて、佐々木さんのアカウントを探し出して、友達申請をしました。で、投稿記事を読みました。すると、気になる記事を見つけました。

本の原稿ちゅちゅうして書かない行けないとき1時間でいっきに書き終えた



本の原稿?どういう意味だ??


私は前からずーっと気になっていたことがありました。佐々木さんは、生まれた時から障害者なのか?それとも人生の途中から障害者になってしまったのか?


すると、スマホがメッセージを受信しました。



なんと、佐々木さんからのメッセージでした。驚きました。


私は「本の原稿を書いたことがあるの?」と尋ねました。すると、



と返事が来ました。「どんな本?読みたい!」と聞くと、なんと!本を貸してもらえることになりました。それがこの本。



『希望はいつか現実になる!』

真ん中の写真に『自伝』って書いてあります。で、左の写真が佐々木さん。佐々木希望っていうのは芸名なんだそうです。で、裏表紙がこれ。



驚きました。これ、佐々木さん??


私は本を借りたその日のうちに、一気に読みました。冒頭の文だけちょっと書いちゃいます。

 一九七六年一月六日日曜日のお昼前、元気な女の子が安産で生まれた──
 生後二日後、看護婦さんが走って来ます。私が箱に入れられて運ばれてきました。小さい身体に点滴されて。高熱を出し、けいれんが一週間続いて命が危ない状態になっている。母は医師に「舞子を助けて」と必死に頼んだそうです。

 一週間が経ちました。「もう大丈夫です」と医師から言われて三ヶ月後、無事退院しました。何カ月間かはごく普通の生活をしてました。でも一年近くなっても首がすわりません。一歩も歩けなくて発達が遅れている。一年後に〈脳性マヒ〉と診断され・・・母子の訓練の生活が始まりました。



これを読んで謎が1つ解けました。佐々木さんの障害は、生まれつきではなく、高熱で障害を負ってしまったということです。



佐々木さんには2才上のお兄さんがいます。お兄さんが4才の時、佐々木さんとお母さんが母子入園をするため、お父さんの田舎に1年間預けられることになりました。

 私は兄にたいして大変寂しい思いをさせたのでは、と思っています。今でもふーっと悪い事したなと思い出します。

 入園して数カ月で、何かにつかんで立てるようになりました。けど足に重い装具をはかないといけないと先生から宣告されて、その時はおとなしくはいていましたが・・・



必死に訓練をして、5才の時に初めて「ワタシノナマエハ・サ・サ・キ・マ・イ・コ」と言えたそうです。


舞子ちゃんは、普通の小学校に入学しました。赤いヘルメットに、アゴあて、ヒザあて、矯正靴を履いて学校に通いました。舞子ちゃんを初めて見る男の子は、「かいじゅうー」「ロボット」「オバケー」とはやしました。舞子ちゃんは、そんな男の子に棒をもって四、五人相手に大立ち回りした事があるらしいです。


運動会のクラス対抗レースでは、舞子ちゃんは足が不自由で、装具も履いてるし、ほとんど走ることは無理でした。なので、先生がコースを短くしてくれました。舞子ちゃんは転んでも一生懸命走り続けました。周りの友達や保護者から拍手をもらって「舞子ちゃん頑張って、頑張って」と言われたのを今でも思い出すそうです。


この先も、本にはいろんなエピソードが出てきます。舞子ちゃんは大きくなると、ダイビングやスキーなんかにも挑戦します。で、必ず失敗します。でも、あきらめずにやりきります。必死で生きてる様子が、いろんなページから伝わってきます。



舞子ちゃんが高2の時、お母さんが「パントマイム講座」のポスターを見つけました。これが舞子ちゃんの運命を変えることになります。


講座を受講して、初めて教えてもらったのが「カベ」でした。でも立つこともできない舞子ちゃんは、できませんでした。なので横に椅子を置いて、それをつえにして、転びながら何回も何回も練習しました。そしたら自然と少しずつ、自分の足で3分くらい立っていられるようになっていました。


舞子ちゃんは次第にパントマイムの魅力に引き込まれていきます。例えば舞子ちゃんは、風船を膨らませる呼吸ができないんだけど、でもマイムなら簡単に膨らませられました。カベのドアを開けるとか、箱の中からくだものを取り出して食べる、大縄跳びをするなど、普段できないことができるので、舞子ちゃんは驚きでした。


そんな舞子ちゃんは、人よりも何倍も時間をかけて稽古して、いつしかパリで公演をするくらいのパントマイマーになっていきます。そして、この自伝書を出版するまでが、この本の内容です。



あとがきに、こう書いてあります。

 この本を作った理由は、誰でもどんな障害児でも、普通の環境で自然と勉強してほしいと思ったからです。そして書き始めました。自分みたいな思いをしてほしくない。
 パントマイムに出逢って私の人生は変わりました。こんなに身体が動けるようになって。
 友の温もり・・・希望を持ち続ければ、いつか努力ししだいで夢は現実になると思うようになりました。
 これから辛いことや悲しい事もあると思います。乗り越えて楽しく明るく生きていこうと思います。



この本を読みながら、私はいっぱい泣きました。なんてハートの熱い人なんだろうと思いました。身体も言葉も不自由かもしれないけど、舞子ちゃんには人の心を動かす力があると思いました。だって私が今、舞子ちゃんの生きざまに心を動かされて、読書感想文を書いちゃってるから。


希望はいつか現実になる!


この本を読ませてもらって、本当によかったです。だって、佐々木さんのことを知れたから。知らないままだったら、どう接していいかわからなかった。


障害者の人や、ご家族って大変なんだろうなって想像するけど、でもそれは想像でしかなくて、思いやっているようできれいごとでしかなくて、自分はなんにもしてあげられないよなあって、目をそむけてきました。


でもこうして佐々木さんが文章で教えてくれて、ああ、これが本物の言葉なんだなって思いました。文章はけっして上手じゃなかったけど、本物の言葉は心に響きました。


佐々木さん、
あなたは最高のハートの持ち主です!
本読ませてくれてありがとう(^^)/


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